石造湯釜(湯釜薬師)

道後温泉本館「神の湯」東浴室の敷石◎印のところは、古代からこの温泉の湯が自噴しいた源泉跡。明治27年(1894)の本館竣工まで、ここには石造の湯釜が置かれ、湯の湧き出し口として使われていた。この湯釜は現在、道後公園の北口にある。

▼ 石造湯釜(道後公園北口)
CIMG2091_convert_20120202075704.jpg

CIMG2092_convert_20120202075746.jpg

天平勝宝年間(749-757)の造という。宝珠の頂上が湯の湧き出し口。宝珠の周囲には、正応元年(1288)、河野通有の依頼で一遍上人が書いたという南無阿弥陀仏の六字名号が刻まれている。上部正面には薬師如来像、その周囲には、享禄4年(1531)、河野通直が天徳寺徳応禅師に撰文を命じた温泉記が13行彫られている。温泉記の文字は尾道の石工芥河なるものが彫ったらしいが、大半は摩滅している。昭和25年(1950)、この湯釜は現在地に移され、「湯釜薬師」と呼ばれるようになった。29年、県の有形文化財(建造物)に指定。

天平の古き湯釜や夏供養
蝉涼し湯釜に刻む御名号
秋涼し湯釜薬師は結跏趺坐


いずれも酒井黙禅(1883-1972)の句である。

にほんブログ村 地域生活(街) 四国ブログ 愛媛県情報へ
にほんブログ村
にほんブログ村 地域生活(街) 四国ブログ 松山情報へ

テーマ : 歴史
ジャンル : 学問・文化・芸術

最新記事
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
QRコード
QRコード