村上霽月(せいげつ)

今日2月15日は村上霽月(1869-1946)の忌日。

霽月は今出(松山市西垣生町)の生まれ、本名半太郎。今出絣株式会社頭取の他、県内の銀行、信用組合などで要職をつとめた。俳人としても知られ、漢詩を素材とした「転和吟」と称する独自の句で一家をなした。

↓ 村上霽月邸跡(松山市西垣生町)・長屋門。霽月は自邸を「光風居」と名づけた。
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明治28年(1895)10月7日、正岡子規は人力車に乗ってこの邸を訪れ、霽月と文学談義をした。『散策集』には「霽月の村居に至る。宮に隣り、松林を負ひて倉戸前いかめしき住居也」「歌俳諧の話に余念なく午も過ぎて共に散歩せんとて立ち出づ」等とある。翌年3月1日には、夏目漱石、高浜虚子が霽月邸を訪れ、神仙体と称する俳句を詠んだ(「めさまし草」巻三に掲載)。

↓ 左・霽月邸跡にある頌徳碑。右・三島神社(西垣生町)にある霽月の句碑(「初暦好日三百六十五」という漢字だけからなる句)。
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↓ 霽月の胸像(南堀端・JA愛媛前)
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東京根岸の子規の家の床の間におかれていた砥部焼の花瓶は村上霽月の贈り物、漱石愛玩の砥部焼の一品も霽月から贈られたものであった。→http://yomodado.blog46.fc2.com/blog-entry-513.html

【参考文献】
和田茂樹編『子規と周辺の人々』(増補版)愛媛文化双書刊行会 1993年9月
松山市教育委員会編『俳句の里 松山』松山市役所 1994年4月

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テーマ : 歴史
ジャンル : 学問・文化・芸術

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