卯之町の正月民俗

吉村昭の『ふぉん・しいほるとの娘』に、卯之町(現・西予市宇和町卯之町)の正月民俗についての記述がある。

天保十二年の正月を迎えた。
卯之町の正月行事は、長崎とは異なったものであった。まず奇異に感じられたのは、元旦の炊事を男が分担し、女はおそくまで寝床の中にいてもよいとされていることであった。
お稲は、夜明けに裏庭で人の気配を感じ、雨戸のすき間から戸外をのぞいてみた。門人、雇い人にまじって二宮敬作の姿がみえ、井戸のつるべが鳴って水がくみあげられ、敬作は水を杓ですくって甕に入れていたが、ひとすくいする度に、
「福くむ、徳くむ、幸くむ、よろずの宝、今ぞくみとる」
と、繰返していた。
やがて、敬作の妻イワをはじめお稲たちも床をはなれ、敬作のくんだ若水で顔を洗った。その頃には、男たちの手で三方にのせられた供え物が仏壇の前におかれ、雑煮も炊かれていた。(『ふぉん・しいほるとの娘』二十)


この卯之町がある宇和地域の正月民俗については、諸書に次のごとく記されている。

元日の朝は女は遅くまで寝ており、食事の用意はすべて主人がする。そして準備ができたころに女も起きてくる。この朝は家内中に本膳を出して、そして家内一同でオカンシ(酒)をいただき、家内中がまず主人に向かって「おめでとうございます」と挨拶し、その後相互の挨拶が交わされる。(和歌森太郎編『宇和地帯の民俗』)

若水汲みは若水迎えともいって、若水は縁起のよい唱えごとをいいながら、しめ飾りを付けた容器に汲み込む。水を汲むのは男(古来の風習からいえば戸主)の仕事で、「福汲む、徳汲む、幸汲む」と唱えながら汲む。若水で顔を洗い、茶を沸かし、雑煮を炊く。(『宇和町誌』)

若水汲みは男の役目としたもので、「福汲む、徳汲む、幸汲む、万(よろず)の宝われぞ汲みとる」と唱える。(『宇和の生活ごよみ』)


男が若水を汲み、雑煮を炊く。宇和地域のこの正月民俗は江戸時代も同様であっただろう。吉村昭『ふぉん・しいほるとの娘』の上引の記述はきわめて正確なものであったといえる。こうした正月民俗は、宇和地域だけのものではなく、全国の諸処で見られるものでもあった。

【典拠文献・参考文献】
和歌森太郎編『宇和地帯の民俗』吉川弘文館 1961年3月
宇和町誌編纂委員会編『宇和町誌』 1976年3月
宇和町老人クラブ連合会『宇和の生活ごよみ』 1990年3月
吉村昭『ふぉん・しいほるとの娘(下)』新潮文庫 1993年3月

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テーマ : 歴史
ジャンル : 学問・文化・芸術

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