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曲亭馬琴の京旅行

『南総里見八犬伝』の作者として有名な曲亭馬琴(1767-1848)。江戸に生まれ育ったこの戯作者は、享和3年(1803)の夏から秋にかけて上方を歴訪した。馬琴の著『羇旅漫録』はこの上方旅行の覚書であるが、同書の中でかれは、「京にて味よきもの。麩、湯皮(湯葉)、芋、水菜、うどんのみ。その余は江戸人の口にあはず」と述べている。京料理は江戸ッ子、馬琴の口に合わなかったらしい。その馬琴が京都で見て驚いたものは、東西の本願寺であった。「見ておどろかねぬるものは、東西の門跡なり。奇麗荘観、言語同断、誠に美尽して世界の金銀もこゝにあつまるかとうたがはる」。豪壮な両本願寺には驚いたものの馬琴の趣味には合わなかった。かれは上引の文につづけて、「しかれども黄檗の雅にしてさびたるにはおとれり」と付言している。「黄檗」は宇治の黄檗山萬福寺。馬琴はこの禅寺の中国風のたたずまいが気に入ったようである。

「金閣拝見の者、一人より十人までは銀二匁なり。これを寺僧に投ずれば、則ち庭の門をひらく。東山銀閣寺もまたかくのごとし」。上記書のこの記述によると、金閣、銀閣は当時からすでに拝観料を徴収していたようである。拝観料は10人までの人数なら銀2匁。この額は現在の貨幣価値に換算すると、2000円くらいになるであろうか。金閣についての馬琴の感想は、「鹿苑寺の金閣は甚だ古雅なり。義満の像生けるが如く威あり。よき石あまたあり。滝はわろし」というものであった。

「京によきもの三ツ。女子、加茂川の水、寺社。あしきもの三ツ。人気(人々の気質)の吝嗇(りんしょく)、料理、舟便」。馬琴はまた京に「たしなきもの」(欠乏しているもの)として「魚類」「よきせんじ茶」「よきたばこ」「実ある妓女」などを挙げている。馬琴の京都に対する見方は総じて辛辣であった。

【典拠文献】
日本随筆大成編輯部編『日本随筆大成』第1期 第1巻 吉川弘文館 1975年3月

テーマ : 歴史
ジャンル : 学問・文化・芸術

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