松山城・天守最上層

↓ 天守
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↓ 天守・最上層。天守内部としては異例の居住空間的なしつらえ。
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↓ 「床の間」もある。
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幕末に天守内部に入ったことのある内藤鳴雪(1847-1926)は、この最上層に天神(菅原道真・久松松平家の遠祖)が祀られていたという。

ある日世子(注-藩主後継者・松平定昭)は二の丸から本丸へかけての櫓々の武器の検査をされた。その際天守閣に登られて、私もお供をして初めてこの天守閣の眺望をしたのである。最上層には遠祖の菅原道真即ち天満宮が祀ってある。その他にも武器などが置かれてあったが、この天守閣の下は石造の穴蔵のような物になっていた。(『鳴雪自叙伝』九)


最上層の「床の間」に天神が祀られていたのであろうか。

【典拠文献】
内藤鳴雪『鳴雪自叙伝』岩波文庫 2002年7月

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テーマ : 歴史
ジャンル : 学問・文化・芸術

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