子規誕生の日の天気

正岡子規が生まれたのは慶応3年9月17日。母八重は、この日はいい天気であったと記憶している。

倅(せがれ)は九月十七日の朝丁度今の頃(午前九時頃)生れたのですが天気はいゝ天気でした。(正岡八重談「子規居士幼時」)


三輪田米山(日尾八幡神社祀官 1821-1908)の日記にはこの日の松山地方の天候が次のように記載されている。

九月十七日 曇天 七ツ後誠ニ少カ雨有之 黄昏少カ雨 夜雨止曇


「いゝ天気」であったというのは母八重の記憶違いであろうか。

慶応3年9月17日は、西暦では1867年10月14日、144年前の今日である。

【典拠文献・参考文献】
『子規全集』別巻2(回想の子規1)講談社 1975年9月
松山市史料集編集委員会『松山市史料集』第8巻 1984年4月

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テーマ : 歴史
ジャンル : 学問・文化・芸術

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