睦月島(1)

忽那諸島の一島、睦月島(むづきじま)。中島本島と野忽那島の間に位置する。面積3.81k㎡・人口286人・世帯数177(人口・世帯数は2011年6月現在)。
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↓ 睦月漁港
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↓ 睦月の町並み
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島名の「睦月」は古代には牟須岐、中世には無月、無津木、近世には無須喜などと書かれた。明治以降、睦月と記される。江戸時代には全島で「睦月村」という一村。大洲藩領で、村の石高は231石であった。明治~昭和初期にはその足跡が全国に及んだ伊予絣の行商(睦月の縞売り)で繁栄、島には長屋門を備えた豪邸が数多く建てられた。昭和10年頃には人口も1500人ほどあり、その三分の一が行商に出たという。現在の主産業はみかん、レモンなどの柑橘類の栽培。島への交通は中島汽船のフェリーおよび高速船(フェリーは三津浜発・高浜経由・所要時間45分、高速船は高浜発・所要時間18分)。

【参考文献】
中島町誌編集委員会編『中島町誌』中島町役場 1968年10月
大石慎三郎監修『日本歴史地理大系39 愛媛県の地名』平凡社 1980年11月

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睦月島の歴史と行商については→「愛媛県生涯学習センター」http://ilove.manabi-ehime.jp/system/regional/index.asp?P_MOD=2&P_ECD=1&P_SNO=1&P_FLG1=4&P_FLG2=3&P_FLG3=2&P_FLG4=1

テーマ : 歴史
ジャンル : 学問・文化・芸術

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