「辻井戸」

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「辻井戸」(松山市住吉2丁目)。藩政時代に船手(藩の御用船の操船・管理を任務とする士卒)の専用水として造られた。明治4年(1871)の廃藩から、昭和7年(1932)の上水道敷設に至るまでの間、三津浜北西部の住民の町井戸として広く使われた。「辻井戸」の名は、北浜町・南松前町・北松前町・江ノ内(江ノ口)が交差した四つ辻にあったことに由来している。

1960年発行『三津浜誌稿』の記述を引用しておこう。

辻井戸は二百七十年前の古図にもあり、町井戸として三津浜西北部の飲水として、最も重要な水源地であった。
昔、須先町の豪商が金のむくの棒を投じてより、甘水になったという伝説がある。
井戸の周囲は広く石畳が敷かれ、上屋があり江の口(元の江の内)までの坂道には、石畳が敷かれていた。



【参考文献】
三津浜郷土史研究会編『三津浜誌稿』1960年12月

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テーマ : 歴史
ジャンル : 学問・文化・芸術

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