松山中学の教務日誌-漱石関係の記載事項

明治28年(1895)4月から1年間、松山中学につとめた夏目漱石。松岡譲『漱石先生』によると、明治28年度の松山中学の教務日誌には、下記のような漱石関係の事項が記載されているそうである。

九月十二日 夏目教官十一時より病気欠勤
十二月十七日 夏目教官病気により第五時間早引
一月十日 夏目教官病気欠勤
四月九日 本日午前九時より講堂に於て夏目教官告別式挙行


9月12日の病気による早退。同月初旬、漱石は子規、近藤我観ら十人ほどとともに高浜の延齢館に遊び、海水浴をしているが(子規は海に入らず)、12日の病気がこのときの海水浴に起因するものかどうかは不明。12月17日の病気による早退。翌日には子規宛の長い手紙を書いているので、大した病気ではなかったと推察される。1月10日の欠勤。まる1日欠勤したのは1年間を通してこの日のみ。正月休みで東京に帰省し、1月7日に松山に向かったが、途中、船の都合か何かで遅れたという事情があったらしい(夏目鏡子談)。4月9日の「告別式」というのは、松山中学離任に当たっての式典である。その翌々日、漱石は松山を出立、新任地熊本に向かった。

【参考文献】
松岡譲『漱石先生』岩波書店 1934年11月
『子規全集』第22巻(年譜 資料)講談社 1978年10月

にほんブログ村 地域生活(街) 四国ブログ 愛媛県情報へ
にほんブログ村
にほんブログ村 地域生活(街) 四国ブログ 松山情報へ
にほんブログ村


テーマ : 歴史上の人物
ジャンル : 学問・文化・芸術

最新記事
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
QRコード
QRコード