小田武雄『うぐいす』

三津街道を老幼とりまぜて五、六十人とおぼしい男女が(なかには乳飲児を背にしている女もいた)縛されたまま、疲れた足取りで歩んでいる。冬ざれの白い道に、それらの群れはきわだって黒く翳ってみえた。三津街道は松山の外港である三津ケ浜に通じている。
「科人、姉さ?」
「-科人にはみえん。ご覧じ、みんなお百姓だよ」


小田武雄(1913-1984)の短編歴史小説『うぐいす』の一節。明治初年のキリスト教弾圧にまつわる松山での一つのエピソードが描かれている。この作品のもとになっているのは、内藤鳴雪の自叙伝に記されている下記のような事実であるらしい。

幕府時代から引続いて切支丹宗門は禁制であって、その信徒は厳刑に処する掟であったにもかかわらず、長崎地方にはこの信徒が絶えなかった。(中略)長崎地方の切支丹信徒は或る藩々へ数十人ずつ分かち預けて、改宗の説諭をなさしめらるる事となり、我松山藩へも三十人ばかりの信徒を預かっていた。(中略)この獄屋は城下外れの三津口にあって、やはり厳重な格子造りになっていたが(中略)この信徒の中に或る一人はなんと思ったか早くより改宗したいと申し出たので、それだけは、獄屋以外に置いて特別に労っていたのであるが(以下略) 『鳴雪自叙伝』十三


小説はこの一人の改宗者を中心にストーリーを展開させている。内藤鳴雪についても小説内で言及。小説としての設定には少し無理なところもあるが、一気に読ませるだけの緊迫したストーリー展開となっている。

【典拠文献・参考文献】
図子英雄責任編集『ふるさと文学館 第四十四巻 愛媛』株式会社ぎょうせい 1993年10月
『鳴雪自叙伝』岩波文庫 2002年7月

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テーマ : 雑記
ジャンル : 学問・文化・芸術

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