虚子忌

4月8日は俳人高浜虚子の忌日。

明治31年(1898)夏、虚子は俳誌「ほとゝぎす」の発行を柳原極堂から引き継ぐことを決意、その意志を正岡子規に次のように伝えている。

爾後は誓って学問をする 石にくひついても今後の雑誌の件では挫折せん 数年後には学問に於て脳力(注-原文のまま)に於て漸を以て大兄に追附き而して後大兄を乗越すべく期するであらう いひ悪(にく)いことではあるが 大兄百年の後は天晴の大兄の後継として恥ぢないやうにならう 今迄随分大兄の鞭を受けた 併し小生は可成其の鞭を避けやうとするを常として居た 爾後は喜んで大兄の鞭の下に立たう 小生は詩人の天冠を戴くべく生れて来たものと自認しやう 又大兄の鞭を受ける天命を以て生れて来たと覚悟しやう(中略)小生は正に「毅然として立つべき時」である (明治31年7月8日付、正岡子規宛書簡)


非常に強い調子でその決意のほどを語っている。虚子、このとき24歳。虚子が引き継いだ「ホトトギス」(「ほとゝぎす」を片仮名表記に改める)はやがて俳句界の最有力誌となり、他を圧倒して虚子一門が俳壇の主流となる。上引の書簡で虚子が語った「雑誌の件では挫折せん」「大兄の後継として恥ぢないやうにならう」という決意は事実その通りのものとなったのである。

高浜虚子、昭和34年(1959)4月8日、85歳で死去。

うらうらと今日美しき虚子忌かな 星野立子(虚子の次女)


【典拠文献・参考文献】
『子規全集』別巻1(子規あての書簡)講談社 1977年3月
角川学芸出版編『俳句歳時記 第四版 春』角川文庫 2007年1月

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テーマ : 歴史上の人物
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