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長塚節の松山来遊(2)

(昨日のつづき)
次に②を見ることにしよう。②は福岡市の久保より江宛2通〈a〉〈b〉で、ともに絵はがきに書かれている。文面は下記のごとくである。

②の〈a〉 十九日に別府を立って直ぐに道後へ行って二日ばかりごろごろして畢ひました 昨日は雨の中を伊予農業銀行頭取で村上霽月といふ御人に案内されて正岡先生の旧宅だの夏目先生の下宿だのぐるぐる見てあるきました 夏目先生の方は表から見た計りですが大変見掛は綺麗に改造されたのだ相で大分新らしくなってゐました あなたの御出でになったのはあそこなんでせう 五色素麺も気に入りました 石手寺 太山寺には全く驚きました よくあんないゝ寺が今日まで保存されてあったと思ひます 石手寺の梵鐘などもいゝものです さうして太山寺の観世音六体国宝に成ってゐるのは後冷泉天皇から近衛まで六代共に即位の時必ず納めたのだ相で十一月十七日とかより外は決して見せないといふのを 私は執拗く請うて漸く許を得ました それも参詣人の絶えた時といふので今夕六時頃から再び太山寺へ行く筈です 道後の宝厳寺の上人の木像も国宝ですが此も最初の日に和尚さんに叱られて次の日にいって漸く見せて貰ひました 私は大に伊予国に満足いたします


②の〈b〉 高浜から太山寺へ行きながら山を越えますが、この海を見下すと桟橋へつく小さな汽船の立てる波が向うの小富士の麓までとゞき相に見えます 明日大三島へ行かうかそれとも止めて宮島へづっと行ってしまはうかと思ひます 興居島へも渡って林檎や桃もたべたいと思って今日午前に出る筈にしたら太山寺の和尚にねだられて居て暇をつぶしたから駄目になりました 仏像見た方が何程ましだか知れないからそれに悔は少しもありません 然し太山寺などでも保存会へ少しだが寄附して来ますし私としては漸次贅沢な旅行になって困ります


②の宛先、久保より江は、久保猪之吉医学博士の妻。喉頭結核に罹った長塚は夏目漱石の紹介で同博士の治療を受けている。より江は松山の出身。過去のブログ記事でふれたが、夏目漱石在松時代の下宿(愚陀仏庵)の家主であった上野義方の孫にあたるのがこのより江である。〈a〉に言及があるように、長塚は村上霽月の案内で漱石の下宿だったところを見ている。

③も見ておこう。③は長塚節の父に宛てた絵はがきである。

③ 拝啓 昨日松山市の小西といふ店より名物五色素麺一折送らせ申候 味は如何か相分り不申候へ共 見ては誠に綺麗に有之候 茹で方なども記載致しある由尚長く保存も相叶ひ申候 私は十九日別府の港より九州を離れて伊予高浜に上陸直ちに道後温泉へ参り四泊 昨日この高浜へ引返し申候 正岡先生の伯父なる人など相訪ね昔の住ひなども見申候 農業銀行の頭取なる村上といふ人 以前よりの俳人にて種々厚意を表され一夕此の高浜より半里の処なる太山寺には後冷泉天皇より近衛天皇まで六代引きつゞき即位の時納めたりといふ観世音六体皆国宝にて決して当時には開扉せずと申すを執念く請うて今日六時過ぎ参詣の絶えたる時分特に開扉する筈に相成申候 此状御覧の上直ぐならば高松市外宮脇村堤様方宛御たより下され候はゞ間にあひ申可と存申候 此城は二三年前漸く陸軍より市が借り受けて公園としたるものにて完全に保存され候ものゝ由に候 加藤嘉明の造営なりしが其余りに大規模なりし為め徳川に睨まれ外濠は開鑿するに及ばず業半ばにして表面加増栄転といふ名目にて会津へ逐はれたる由申候


②③によると、長塚は、ふだん公開していない太山寺本堂の観世音菩薩立像六体(国指定重要文化財)を無理を言って拝観させてもらっているようである。先には道後の宝厳寺でも一遍上人像を拝観したいと申し入れて住職に叱られ、翌日再度訪問してようやく見せてもらっている(①の記述)。長塚は日本の古い彫像芸術にはよほどの関心があったものと窺われる。松山土産として彼が選んだのは五色そうめん、これは現在の森川であるが、当時は代替わりで③にあるように小西姓となっていた。

小説家藤沢周平には長塚の生涯を丹念に描いた『白き瓶 小説長塚節』という作品がある。長塚の松山訪問はその小説でもふれられており(文春文庫本446~448ページ)、「伊予の風土も彫刻物も、節にとっては満足すべきものだった。節は満ち足りた気持で安芸の宮島にわたった」と書かれている。「満足」「満ち足りた気持」……この主観分析は、長塚自身が②の〈a〉で述べた「私は大に伊予国に満足いたします」に基づいているようである。

【典拠文献・参考文献】
『長塚節全集』第7巻 春陽堂出版 1977年7月
藤沢周平『白き瓶 小説 長塚節』文春文庫 2010年5月

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テーマ : 歴史上の人物
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