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中世戦国城郭

湊山城(当ブログ7月1日記事参照)のような中世戦国城郭(16世紀中葉以前の城郭。近世城郭のような天守は存在しない)は決して珍しいものではない。今谷明の著『戦国の世』によると、中世戦国城郭は北海道と沖縄を除くほぼ全国に散在しており、その数は一県に千から数千、全国には無数といっていいくらいあるという。当時、全国の各地域を支配していた武将たちが人々を動員して構築した一大土木事業の結果が、それほどの数となってあらわれているわけだが、日本の歴史上、そうした大規模な土木事業が全国的規模で行われたのは、それ以前では古墳時代があるだけだった。古墳時代も全国の至るところで人々が使役され動員されて、各地に無数といっていいほどの古墳が建造された。前掲書は、「古墳は国家の創成期に出現し、戦国城郭は国家の再編成期に登場した遺物である」といい、古墳が終了した直後には律令国家、戦国城郭が終了した直後には徳川幕藩制国家、ともに中央集権色のつよい統一国家がこの国土に出現したと指摘している。古墳時代も戦国時代も中央集権国家へと向かう過渡期。一大土木事業の時代はともに統一へと向かう過渡期であった。古墳と中世戦国城郭、この二つを対比させると、日本史を俯瞰する構図が見えてくるのである。

【参考文献】
今谷明『戦国の世 日本の歴史5』岩波ジュニア新書 2000年2月

テーマ : 歴史
ジャンル : 学問・文化・芸術

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