三津浜の句

①旅人の台場見て行く霞かな 夏目漱石
②初汐や帆柱高き門の上 柳原極堂
③明易き港を仰ぎ船は着く (同)
④短夜のともし残るや魚市場 高浜虚子
⑤盥舟(たらいぶね)雲の峰迄至るべく (同)
⑥春雨の叩くキャビンの窓に立つ (同)
⑦三津の浜や浪も立たなく天の川 河東碧梧桐


①は漱石在松中の句。子規に宛てた句稿(明治29年1月29日付)中の一句。「台場」は幕末に松山藩が三津の海岸に築いた砲台。②は明治30年以前の句。子規には「三津いけすにて」の前書で「初汐や帆柱ならぶ垣の外」の句がある。④は三津の魚市場を詠んだもの。⑤は明治31年の句。前書には「三津出港留別」とある。「当時の三津浜は砂浜が続き、夏ともなれば海水浴の人出で賑わっていた。そのころの子供たちは家から大きな洗濯用の盥を持出し海に浮かべて乗って遊んでいた」(鶴村松一『伊予路の高浜虚子 文学遺跡散歩』)。⑥は昭和18年3月の句。前書には「乗船」とある。⑦は明治35年の句。「子規子を思ふ」の前書で⑦と「歌王によみ残されし枇杷のあり」の句がある。「歌王」は子規のこと。興居島の名産である枇杷については子規も詠んでいないという意。正岡子規が詠んだ三津浜の句は、当ブログ2010年7月3日記事で紹介した。

【参考文献】
和田茂樹編『松山の文学散歩 子規とふるさと人の詩歌』松山市文化財協会 1975年3月
鶴村松一『伊予路の河東碧梧桐 文学遺跡散歩』松山郷土史文学研究会 1978年4月
鶴村松一『伊予路の高浜虚子 文学遺跡散歩』松山郷土史文学研究会 1978年6月
鶴村松一『柳原極堂 伊予路の文学遺跡散歩』松山郷土史文学研究会 1980年5月


にほんブログ村 地域生活(街) 四国ブログ 愛媛県情報へ
にほんブログ村
にほんブログ村 地域生活(街) 四国ブログ 松山情報へ
にほんブログ村



テーマ : 詩・和歌(短歌・俳句・川柳)など
ジャンル : 学問・文化・芸術

最新記事
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
QRコード
QRコード