秋桜子「冬菊」の句

冬菊のまとふはおのがひかりのみ


水原秋桜子の句。寒菊は冬に咲く小輪の黄色い品種だが、「冬菊」はもっと大ぶりの菊、秋に咲く菊と同じ品種で、花期のやや遅れたものだと、山本健吉はいう。

「この句は私は白菊のように思う。日ざしのうすい冬の日、外光にあたって照りかがやくというより、おのれの持つ光そのもので、鮮やかに光を放っていると見た」(山本健吉)
「冬が深まってくると花々もどんどん枯れていく。冬の菊が咲いているが、冬菊が最後に身にまとっているのは、自分の光だけだという」(大岡信)

山本健吉はこの句を冬菊を中心とした空間として捉えているが、大岡信はこれに時間の要素を加えて解釈している。いずれにしても、このうつくしさ、静謐、清澄……俳句でありながら、短歌のようなうつくしさがあるように思われる。

【参考文献】
山本健吉『俳句鑑賞歳時記』角川ソフィア文庫 2000年2月
大岡信『百人百句』講談社 2001年1月

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テーマ : 詩・和歌(短歌・俳句・川柳)など
ジャンル : 学問・文化・芸術

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