土居健子「叔父秋山真之と子規のご家族」

秋山好古の次女健子は、正岡律が子規の没後に自宅で始めた手芸の研究会に通っていたから、律と八重(子規・律の母)のことはよく知っていた。健子は二人のことを次のように回想している。

お母様は、それはもう、お優しい方でした。(中略)もの静かな優しいおばあさまであったという印象きり持っておりません。お母様にくらべますと、お律さんはまだ四十代だったと思いますが、昔のことですから随分年よりに見えました。お兄さまのためには自分の一生を投げうって尽くされた方ですが、亡くなられたのちも、家の中はもちろん、庭のどこに何が植わっていたということまでよく憶えておいでで、何一つ置き換えず、子規さんのおられた頃のままにしておられました。ことに子規さんが寝ておられた六畳の間には気をつかい、誰もお入れになりませんでした。(土居健子談「叔父秋山真之と子規のご家族」)


律が秋山真之に好意を寄せていたのではないかと、健子が想像していたことについては、過去のブログ記事でふれた(2010年5月5日記事)。健子は子供のころ、両親の清国滞在などで、秋山真之の家に預けられることがあったが、叔父真之については怖いという印象しかもっていなかったようである。

叔父は自分が頭がいいものですから、何でもグズグズしているのは嫌いです。私に謡を教えてくれるのはいいのですが、「羽衣」でもなんでも、いっぺん唸っただけで憶えさせようとするものですから、とてもついていけません。それで、私は「おっかない叔父だ」と思っていたのですが、叔父にしてみれば、それでも私を可愛がってくれているつもりだったのでしょう。 (同上)


松山は藩政時代より能が盛んで、真之も士族のたしなみとして謡を心得ていたようである。真之は健子にもそれを教えようとしたのであるが、その教え方は子供の能力というものを少しも考慮しない何ともせっかちなものであったようである。

【典拠文献・参考文献】
土居健子(談)「叔父秋山真之と子規のご家族」(『子規全集』第17巻「月報11」講談社 1976年2月)

にほんブログ村 歴史ブログへ
にほんブログ村
にほんブログ村 地域生活(街) 四国ブログ 松山情報へ
にほんブログ村

以下は正岡律に関する過去のブログ記事

「正岡律(子規の妹)と秋山真之」→http://yomodado.blog46.fc2.com/blog-entry-298.html

「正岡律の夫」→http://yomodado.blog46.fc2.com/blog-entry-460.html

「その後の正岡律」→http://yomodado.blog46.fc2.com/blog-entry-462.html

テーマ : 歴史上の人物
ジャンル : 学問・文化・芸術

最新記事
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
QRコード
QRコード