『坊っちゃん』-「天麩羅蕎麦四杯」と「団子二皿」の原拠

夏目漱石の小説『坊っちゃん』に、主人公の数学教師が生徒たちにからかわれる次のような場面がある。

①おれは蕎麦が大好きである。東京へ居った時でも蕎麦屋の前を通って薬味の香ひをかぐと、どうしても暖簾がくゞりたくなる。(中略)其晩は久し振に蕎麦を食ったので、旨かったから天麩羅を四杯平げた。翌日何の気もなく教場へ這入ると、黒板一杯位な大きな字で、天麩羅先生とかいてある。おれの顔を見てみんなわあと笑った。(『坊っちゃん』三)

②四日目の晩に住田と云ふ所へ行って団子を食った。此住田と云ふ所は温泉のある町で城下から汽車だと十分許(ばか)り、歩行(ある)いて三十分で行かれる、料理屋も温泉宿も、公園もある上に遊廓がある。おれの這入った団子屋は遊郭の入口にあって、大変うまいと云ふ評判だから、温泉に行った帰りがけに一寸食って見た。今度は生徒にも逢はなかったから、誰も知るまいと思って、翌日学校へ行って、一時間目の教場へ這入ると団子二皿七銭と書いてある。実際おれは二皿食って七銭払った。どうも厄介な奴等だ。二時間目にも屹度何かあると思ふと遊廓の団子旨い旨いと書いてある。あきれ返った奴等だ。(同上)


漱石の松山中学在職時の同僚、弘中又一によると、①は弘中、②は漱石自身の体験がもとになっているという。

実際の所小説「坊っちゃん」の一部々々には根拠がある、事実がある、モデルがある。(中略)主人公坊っちゃんにしても漱石のこともあり僕のこともある。僕と漱石の間には毎日の出来事やら失策やらを互ひに語り合ふて笑ひ興ずることが多かったので、自然二つが一所になって一人の坊っちゃんを作り上げたのでもあったらう。(中略)僕が小唐人町と湊町一丁目の角の饂飩屋でしっぽくを四杯食ったら、シッポク四杯也と黒板に書かれた。小説では漱石が自分の好きな天麩羅蕎麦に改めている。(中略)漱石は道後遊郭の門の右で湯晒し団子二皿食って五銭払った。やはり黒板に書かれて、遊郭の団子ウマイウマイと御丁寧にポンチ絵まで添へられたが、団子はよほど旨かったから五銭では安いと思ったか、小説では七銭に値上げしてる。(弘中又一「山嵐先生の追憶」1935年)


①の原拠は、弘中又一が「小唐人町と湊町一丁目の角の饂飩屋」でしっぽくうどん四杯を食べて黒板に悪戯書きされたこと、②の原拠は、漱石が道後遊廓前の団子屋で湯晒し団子二皿を食べて黒板に書かれたことであったようである。

弘中がしっぽくうどん四杯を食べた「小唐人町と湊町一丁目(注-二丁目の誤りと思われる)の角の饂飩屋」というのは、「亀屋」のことであろう。「亀屋」はむかし小唐人町(大街道)と湊町が交差する「魚ノ棚」と呼ばれたところにあった。「亀屋」については、地元出身の水野広徳、安倍能成の自伝にそれぞれ次のような記述がある。

饂飩は魚の棚の亀屋のが一銭五厘で量が多く、餅は新立の橋本のが二厘で美味しかった。

書生仲間では饂飩のことをロングと呼んで、魚の棚の亀屋が最も有名であったが、亀屋には大街道側と河原町側に同じ様な店が二軒あった。この時代の学生で亀屋の御厄介にならなかった者は恐らく一人もあるまいと思う。(水野広徳「自伝」)


(魚之棚の)東側に中吉といふ大きな料理屋があり、その北隣に饂飩亀屋と呼ばれた饂飩屋があった。多分湊町の醤油亀屋から資本が出て居たのであらう。(中略)亀屋のしっぽくは有名だったが、それ二銭か一銭五厘くらゐだったであらう。(中略)魚之棚を東に曲った所に、新亀屋と称するうどん屋があって、これも郷中から来た連中などで賑はって居た。(安倍能成『我が生ひ立ち』)



漱石が湯晒し団子二皿を食べた団子屋については、河内一郎著『漱石、ジャムを舐める』(漱石の食について論じた書)に次のような記述がある。

住田の温泉は道後温泉のことである。温泉の近くに遊廓があり、その入口のところに「茶屋又」という煙草や土産物と一緒に、湯晒団子を商っている店があった。(中略)現在売られている坊っちゃん団子は、観光用に大正十年発売されたもので、小豆餡(茶)、抹茶餡(緑)、卵餡(黄)の三色の串団子で、求肥で作られている。店名も「つぼや菓子舗」に変わっている。漱石が食べた頃の湯晒団子は米粉を使い、餡だけの一種類で、串刺ではなく、一皿七粒で一粒も現在の団子よりも大きかった。


上記書では「茶屋又」(現在の「つぼや菓子舗」)と特定されているが、地元ライターによると、「風詠館」(現存せず)、「三浦屋」(大分県に移転)、「茶屋又」のいずれかであったという。

【典拠文献・参考文献】
安倍能成『我が生ひ立ち』岩波書店1966年11月
『漱石全集』第2巻 岩波書店 1994年1月
『水野広徳著作集』第8巻(自伝 年譜)雄山閣出版 1995年7月
土井中照『愛媛たべものの秘密』アトラス出版 2004年8月
河内一郎『漱石、ジャムを舐める』創元社 2006年7月
松原伸夫『「坊っちゃん」先生 弘中又一』文芸社 2010年8月

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