「方言矯正教育」

司馬遼太郎の『街道をゆく22 南蛮のみちⅠ』に次のような記述があった。

私は昭和三十年前後の鹿児島市で、小学生が胸に、
―普通語を使いましょう。
という標語をぶらさげていたことをおぼえている。鹿児島では、標準語のことを普通語といっていた。当時、小学生たちは一定の枚数のカードをもっていて、方言をつかうごとに、一枚とられるというぐあいで、罰則があった。


昭和26年(1951)の小学校学習指導要領には、「自分の使っていることばの中に、幼児語・方言・なまり・野卑な言葉などのあることに気づかせ、だんだんとよいことばや、共通語を使わせていくようにする」(第3学年)、「正しい語法に基づいた共通語を話し、俗語や方言はできるだけ避けるようにする」(第6学年)といった記述があり、当時は方言を「矯正」する教育がなされていたようである。司馬遼太郎が鹿児島で目にしたのはその「方言矯正教育」の実際例。大真面目におこなっていたのであろうが、愚行というほかない。

【典拠文献・参考文献】
司馬遼太郎『ワイド版 街道をゆく22 南蛮のみちⅠ』朝日新聞社 2006年2月

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