子規、明治17年の正月

明治17年(1884)の正月は、上京後の子規(数え年18歳)が東京で迎えた初めての新年。東京の正月で子規が驚いたのは、男女がともに「おめでとう」という言葉をつかうことだった。郷里松山の士族階級のならいでは、男は「めでとう」、女は「おめでとう」というべきものと決まっていた。男が「おめでとう」という東京は「めめしいところだと感じた」と子規は述べている[注]。

同年正月に子規は「新年作」と題する漢詩をつくっている。その詩には「迎年早暁噪児童 独有先生在褥中(迎年の早暁 児童噪ぐ 独り先生 褥中に在る有り)」とあるから、「先生」=子規が東京で迎えた初めての新年は、下宿での寝正月だったのであろう。

[注]-子規、明治29年1月発表の随筆「新年二十九度」に次のようにある。

明治十七年は初めて東都に居候の正月を迎へぬ。(中略)東京の正月も貴顕参朝の外には竹飾りの少し風の変りたると「おめでたう」といふ言葉のみ珍しく覚えぬ。余幼かりし時阿嬢(注-母の意)教へたまひけるは「おめでたうとは女子の語なり男は只めでたうと許(ばか)りいふべし」と余も男なれば其教に従ひ来れるを東京にては男女ともおめでたうといふ。さては東京は物事めゝしき処よと感じぬ。



【典拠文献・参考文献】
『子規全集』第8巻(漢詩 新体詩)講談社 1976年7月
『子規全集』第12巻(随筆2)講談社 1975年10月

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テーマ : 歴史
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