辻嘉一「鯛の味わい方」

魚料理についての古くからの格言に、「生(なま)で食べ、焼いて食べ、捨てるなら煮て食え」というのがある。魚を味わう基本は第一が刺身、第二が焼き魚、煮魚となると捨てるにひとしいようなものであるらしい。

日本料理の大家、辻嘉一(「辻留」主人 1907-1988)によると、魚のなかでもすべての料理に適するのは鯛だそうで、「クセ味がなく、歯触りも固からず軟からずで、タイ以上の魚は見あたりません」という。その極上の魚である鯛の第一等の調理法である刺身と第二等の調理法、塩焼きについて、辻嘉一が述べていることを下に引いておくことにしよう。鯛の食べ方のいうならば辻留流が下記である。

タイの刺身は、溜り醤油にどぼりと漬けて召しあがっては、タイの旨さはもとより持ち味までが消されてしまいます。
生醤油の濃口と淡口とを半々に混ぜた中へ植物性の酸味を〇・五パーセントほどかくし味として入れ、ご賞味願いたいのであります。
さらに、細かくネットリとおろした山葵(わさび)を、平作りのタイの一片の中央にのせ、二つに折って、左手にもった加減醤油にちょっぴり浸し、ご自分で味の調節をはかって召しあがると、タイの真味は舌頭に踊りましょう。

タイの真味は刺身にかぎります。次は塩焼ですが、熱の通り加減を九〇パーセントぐらいで串を抜き、少しの水分と脂肪の旨さを残す焼き加減がよく、木の芽をよく摺り、米酢を混ぜた緑色の木の芽酢を添え味にして味わうと、さらに旨さは倍加いたします。
タイの頭は二つに切り、つけ焼きにして粉山椒をふりかけたり、叩き木の芽をかけ、なりふりかまわず、むしゃぶりつく―といった食べ方でなくては、皮肉骨髄の隅々までも吸い取ることができず、真の醍醐味は得られません。タイの頭は正式な宴会で、お上品に箸先だけで味わっては、真の旨さは求め得られず、あくまで野性的な食べ方で、ご家庭で味わっていただきたいのであります。


述べている内容に頷かせるものがあるのもさることながら、その文章の語り口に、今の人の書くものには見出しがたいある種の上品な味わいがあるので、ここに引いた次第である。

【典拠文献・参考文献】
辻嘉一『味覚三昧』中公文庫 1979年4月

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テーマ : 雑記
ジャンル : 学問・文化・芸術

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