『坊つちやん』-「宿直は厭(いや)だ」の台詞

夏目漱石が松山中学の英語教師をつとめていたときは、嘱託職員という立場であったから、宿直の用務は免除されていたが、小説『坊つちやん』では、主人公の数学教師はこの宿直の仕事をしなければならないことになる。

学校には宿直があって、職員が代る代るこれをつとめる。但し狸と赤シャツは例外である。何で此両人が当然の義務を免れるのかと聞いて見たら、奏任待遇だからと云ふ。面白くもない。月給は沢山とる。時間は少ない。夫(それ)で宿直を逃がれるなんて不公平があるものか。(中略)一体疳性だから夜具蒲団抔(など)は自分のものへ楽に寝ないと寝た様な心持ちがしない。小供の時から、友達のうちへ泊った事は殆どない位だ。友達のうちでさへ厭(いや)なら学校の宿直は猶更(なおさら)厭だ。(中略)
宿直をして、外へ出るのはいゝ事だか、悪るい事だかしらないが、かうつくねんとして重禁錮同様な憂目に逢ふのは我慢が出来るもんぢゃない。(『坊つちやん』四)


半藤一利著『いま戦争と平和を語る』によると、全国の学校に教員の宿直制度が設けられるようになったのは、漱石が松山中学の教師であったころだという。各学校に交付されることとなった「教育勅語」の謄本と「御真影」(天皇皇后の写真)を火事その他、不慮の災害から守らなければならなかったので教員の宿直が必要となったらしい。勅語・真影を救い出そうとして燃えさかる校舎にとび込み、不幸にして殉職したというようなケースは当時、多々あったという。漱石は『坊つちやん』の中で、主人公に「宿直は厭だ」といわせているが、その「厭だ」の中には、不条理を強いる当時の社会風潮に対する漱石自身の「厭だ」も含まれていたのかもしれない。

【典拠文献・参考文献】
『漱石全集』第2巻 岩波書店 1994年1月
秦郁彦『漱石文学のモデルたち』講談社 2004年12月
半藤一利(井上亮編)『いま戦争と平和を語る』日本経済新聞出版社 2010年7月

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テーマ : 歴史雑学
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