子規「秋の城山は赤松ばかり哉」の句

秋の城山は赤松ばかり哉


子規、明治28年(1895)9月21日の句(『散策集』)。この日、子規は中村愛松、柳原極堂、大島梅岸の三人に誘われて、御幸寺山の麓まで吟行した。句の「城」はいうまでもなく松山城。「山は赤松ばかり哉」、現在と違って、当時の城山は藩政時代以来のアカマツで覆われていた。現在の城山はシイ、クスノキ、ホルトノキなどの常緑広葉樹林(県指定天然記念物「松山城山樹叢」)。時代を松山城築城以前の中世にまでさかのぼると、当時の城山(勝山)は荒廃したはげ山であったという。

【典拠文献・参考文献】
『子規遺稿 散策集』(松山市民双書1増補版)松山市教育委員会 1977年11月
『ぶらり松山城 自然散策ガイド』愛媛新聞社 2008年8月

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テーマ : 歴史
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