彗星衝突の噂、明治の世に流れる

寒き夜の町の噂や箒星


子規、明治32年(1899)の句。「箒星(ほうきぼし)」は彗星。明治32年のこの年、彗星が地球に衝突するという噂がまことしやかにささやかれていた。衝突の日といわれていたのは同年の11月13日。子規は同年10月10日発行の「ホトトギス」に載せたエッセーの中で、「今年十一月箒星と地球と衝突する由、外国の事迄は構はれずとも日本だけ助かる工夫は無きやと心配気にいへばある人髯を撫でゝ、それは安き事なり、日本といはず世界中の大砲に丸(たま)をこめて箒星の近づくや否や一時に打ってかゝらんには、いかな箒星も地球と衝突せざる前に粉な微塵になって飛び失せなん。これがために世界中の弾丸硝薬一時に尽きて少くも十年が間はいくさの起る気遣も無く天下太平我々枕を高うして寐るべしと星を指したやうに言ひける」(「星」)と述べている。

この年から11年後の明治43年(1910)、今度はハレー彗星が地球に衝突するという噂が流れた。森銑三の『明治東京逸聞史』明治43年の部には、「ハレー彗星が地球と衝突して、世界は全滅するという噂が広まった。その衝突は五月十九日の午前十一時だというので、よその都市へ働きに行っている一人娘を電報で呼返して、親子三人が固まって、その時刻の来るのを待っていた。そうした一家があったそうだ」という珍談の記載がある。ハレー彗星の接近にまつわるこの種の珍談は、捜せば他にもいろいろあるに違いない。

【典拠文献・参考文献】
森銑三『明治東京逸聞史2』平凡社東洋文庫 1969年7月
『子規全集』第3巻(俳句3)講談社 1977年11月
『子規全集』第12巻(随筆2)講談社 1975年10月
柴田宵曲『明治の話題』ちくま学芸文庫 2006年12月

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テーマ : 歴史雑学
ジャンル : 学問・文化・芸術

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