『失われた時を求めて』-日本の文物についての言及(2)

第2篇「花咲く乙女たちのかげに」

①けれども人びとをして、ノルポワ氏は単なる外交官以上であり、非凡な教養の持主なのだと噂させるに至ったものは、よく計算された彼の引用の使い方で、当時その引用の完璧な手本とされていたのは、「ルイ男爵が常々言っていたように、我によき政治を与えたまえ、さらば我は、よき財政を汝に与えん」というものだった(まだ東方から「日本人の言うように、勝利は敵より十五分長く堪えられる者に帰す」が導入されていなかったのである)。[3巻79頁]

②今日のルイ十六世式サロンでは飾りの花がごく少ないけれども-一輪の薔薇か日本の菖蒲くらいで、それを活けた首の長いクリスタルの花瓶には、これ以上はもう一本の花もはいらないだろう-それと対照的に(以下略)[3巻350頁~351頁]

③今ではオデットは、冬の初めになると、サロンにさまざまな色の大輪のキクを飾るのだったが、それは以前にスワンが彼女の家で見ることのできなかったようなキクだった。[3巻357頁]

④「(上略)まあ、あなた、キクの活け方をご存じないのねえ」と彼女(注-ヴェルデュラン夫人)は帰ろうとしかけて、スワン夫人が立ち上がったときに言う、「これは日本の花でしょ。だから日本人のやるように活けなくちゃ」[3巻371頁~372頁]

⑤今ではオデットはごく内輪の人を招くときに日本の部屋着を着ることは稀になり、(以下略)[3巻401頁]

⑥たとえば、「ロシヤと日本の戦争ともなれば、絶対確実ないくつかの理由によって日本はかならず敗北し、ロシヤはかならず勝者となることを、証拠を示して見事に推論してみせたさる有能なる軍事評論家」とか、あるいはまた(以下略)[4巻173頁]

⑦あるときは、それは日本の版画の展覧会だった。[4巻244頁]

⑧その手法とは、グランドホテルのサロンのテーブルに放りだされていたイギリスの美術雑誌によれば、神話からの取材と日本美術の影響を受けたもので、両者ともゲルマント夫人のコレクションのなかに見事な形で代表されているという。[4巻304頁]


①の「日本人の言うように~」は乃木希典(1849-1912)の言葉とされており、フランスでは「ノギの十五分」とも言われていた(鈴木道彦訳3巻訳注)。⑦に「日本の版画」とあるのは浮世絵のことであろう。⑧は小説中の登場人物エルスチール(画家)の描く絵についての言。

【典拠文献・参考文献】
鈴木道彦訳『失われた時を求めて3 第二篇 花咲く乙女たちのかげにⅠ』集英社文庫ヘリテージシリーズ 2006年5月
鈴木道彦訳『失われた時を求めて3 第二篇 花咲く乙女たちのかげにⅡ』集英社文庫ヘリテージシリーズ 2006年5月

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