子規「柿喰ヒの~」の句

  我死にし後は
柿喰ヒ(かきくい)の俳句好みしと伝ふべし


子規、明治30年(1897)11月12日の句(『子規全集』第3巻89頁、同第14巻455頁)。子規はくだもの好きで、特に柿が大好物であった。柿が好きであったことをのちの人にも伝えて欲しいというような上引のごとき句も残しているほどである。子規の親友、夏目漱石はこの句があったことを知ってか知らずか、小説『三四郎』の中で、子規が柿好きであったことに触れている。

其男の説によると、桃は果物のうちで一番仙人めいてゐる。何だか馬鹿見た様な味がする。第一核子(たね)の恰好が無器用だ。且つ穴だらけで大変面白く出来上ってゐると云ふ。三四郎は始めて聞く説だが、随分詰らない事を云ふ人だと思った。
次に其男がこんな事を云ひ出した。子規は果物が大変好きだった。且ついくらでも食へる男だった。ある時大きな樽柿を十六食った事がある。それで何ともなかった。自分抔(など)は到底(とても)子規の真似は出来ない。―三四郎は笑って聞いてゐた。けれども子規の話丈(だけ)には興味がある様な気がした。もう少し子規の事でも話さうかと思ってゐると(以下略) 夏目漱石『三四郎』一


「樽柿を十六食った事がある」というのはいくら何でも大袈裟であろう。子規自身が記すところによれば、学生時代には「樽柿ならば七つか八つ」食べたということである(随筆「くだもの」の記述)。

子規の高弟、河東碧梧桐の言を引いておこう。「升(のぼ)さんは柿がお好きでしたが、あの頃、もう樽柿が出るけれな、と大変楽しみにしてゐられた。樽柿なんて柿は、今では中以下のものです。御所、富有、次郎などいろいろいゝ柿が沢山あります。それほど好きな柿でも、いゝものを食べる機会がなかった。それを残念に思ひます」。

【典拠文献・参考文献】
『子規全集』第3巻(俳句3) 講談社 1977年11月
『子規全集』第12巻(随筆2) 講談社 1975年10月
『子規全集』第14巻(評論 日記) 講談社 1976年1月
『子規全集』別巻3(回想の子規2) 講談社 1978年3月
『漱石全集』第5巻 岩波書店 1994年4月

にほんブログ村 歴史ブログへ
にほんブログ村
にほんブログ村 地域生活(街) 四国ブログ 松山情報へ
にほんブログ村



テーマ : 歴史
ジャンル : 学問・文化・芸術

最新記事
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
QRコード
QRコード