音読

  羯南氏住居に隣れば
芭蕉破(や)れて書(ふみ)読む君の声近し


子規、明治26年(1893)秋の句。下五の「君」は陸羯南(くがかつなん 日本新聞社長)。子規(日本新聞社員)は陸家の隣に住んでいて、羯南の音読する声が子規の耳に聞こえたのである。羯南は読書をするとき音読をしていた。大人が声を出して本を読むのは、当時さほど珍しいことではない。音読はその頃の日本人のごく一般的な習慣であったが、外国人の目にはこれがかなり奇異に映ったらしい。明治10年代に来日したE・S・モースは日本人のおこなう音読が異様な行為であるかのように記述している。

私が汽車の中やその他で観察した処によると、日本人は物を読む時に唇を動かし、音読することもよくある。第五章「大学の教授職と江ノ島の実験所」

家の内外を問わず、耳を襲う奇妙な物音の中で、学生が漢文を読む音ぐらい奇妙なものはない。これ等の古典を、すくなくとも学生は、必ず声を出して読む。それは不思議な高低を持つ、妙な、気味の悪い音で、時々突然一音階とび上り、息を長く吸い込む。それが非常に変なので勢い耳を傾けるが、真似をすることは不可能である。第六章「漁村の生活」

武士の子は朝六時に起き、井戸の傍で顔を洗ってから、大きな声を出して本を読む。声を出して本を読むことは、慣例的である。そうしなければ、読みつつある物を了解することが出来ないと彼等はいう。然し、大学に入ってだんだん学問が進んで来ると、この習慣はなくなって行く。第二十五章「東京に関する覚書」


モースの目には奇妙に映った音読であるが、言葉のリズム感というものを身につけるためには音読にまさる方法はない。言葉は意味よりもまずリズム感。子規や漱石の書いた文章が今でも通用する立派なものであるのは、少年期に漢文の素読(音読)を日課とすることで、言葉のリズム感というものが身に備わったからではなかろうか。

【典拠文献・参考文献】
E・S・モース 石川欣一訳『日本その日その日1』平凡社東洋文庫 1970年9月
E・S・モース 石川欣一訳『日本その日その日3』平凡社東洋文庫 1971年1月

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テーマ : 歴史
ジャンル : 学問・文化・芸術

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