山川菊栄『武家の女性』

山川菊栄(女性解放運動の理論家 1890-1980)著『武家の女性』に、著者の母親が少女時代、裁縫を習いに行っていたときの話が出る。菊栄の母は水戸の生まれ。生まれたときも裁縫を習いに行っていたときも時代はまだ維新前の武家の世であった。彼女が裁縫を習いに行っていた先は石川という身分の低い水戸藩士の自宅。その藩士の夫人が内職のようなかたちで裁縫の師匠をしており、藩士の夫も自宅で傘張りの内職をしている。以下『武家の女性』からの引用では、その裁縫の師匠は「お師匠さん」、お師匠さんの夫の水戸藩士は「おじいさん」の称で出る。

女の子は十二、三のころからお縫子(ぬいこ)として、裁縫のお師匠さんに弟子入りします。(中略)手習の方はこのころから大抵やめて、お縫子になります。千世(注-山川菊栄の母)が始めて裁縫のお師匠さんについたのは川崎町の石川富右衛門という老藩士の奥さんのところでした。そこは身分の低い、ごく貧乏なお侍でしたから、御主人も息子さんも傘張りの内職、お嫁さんは賃機(ちんばた)を織っていました。お針子は十人ばかり、そのうち二、三人は同心や町人の娘でした。(中略)
このお師匠さんの御主人は六尺ゆたかの、頭の禿げた大きなおじいさんでしたが、自分の家へ来るお縫子が大の御自慢で、仕立物にかけては自分のうちのお弟子にかなう者はいないという自信をもっており、可愛くてたまらぬという風でした。
着物を一枚仕立て上げると、お師匠さんは、
「それでようござんすからおじいさんの所へもっていらっしゃい」
といいます。おじいさんの部屋へもっていきますと、内職の傘張りの手を休めて、
「どれどれ」
と仕立物を手に取り、どうせ分るはずもないのですが、いかにもまじめな、心得ているような顔付きで、褄をいじったり、おくみの剣先を調べてみたりした上で、
「結構です、よく出来ました、おめでとう」
と褒めて祝ってくれます。それから、
「それでは私が霧を吹いてあげよう」
といいます。そのころの着物は手織もめんですから縫っている間に皺だらけになるので、仕立て上げると霧を吹くことになっていました。おじいさんは、毎日傘を張っては霧を吹くので、霧吹きは慣れたもので確かに名人です。大きなおじいさんが大きな口いっぱい水をふくんで、パーッと吐きますと、ほの白く透きとおる薄絹をサッと拡げたようにきれいな霧が立ちます。おじいさんに、お礼をいって部屋に帰り、仕立物をお師匠さんの前において手をつき、
「おじいさんがこれでいいとおっしゃいました」
と報告します。そこで始めてお師匠さんも、
「おめでとうございます」
と祝ってくれ、ここでまたお礼をいい、それから友達一同に向かい、仕立物を前において、
「皆さん、ありがとうございました」
というと、口々に、
「おめでとうございます」
といってくれるのでした。(中略)
おじいさんは十二、三から十四、五くらいのあどけない娘たちが、一日ろくに口もきかずにせっせと針を動かしているのを見て、いじらしくて堪らなくでもあったのでしょう、そして何とかしてくつろがせ、慰めてやりたくて堪らなかったのでしょう。ときどき余興を始めます。
「ねえお師匠さん、いいでしょう、あれを出して下さいよ、ね、お師匠さん」
と、大きなおじいさんが小さなお師匠さんのそばに来て、何かしきりにせがみます。
「まあ今日はおやめになった方がようございましょう」
とお師匠さんは相手にならず、針を放そうともしません。おじいさんは赤ん坊のようにお師匠さんの傍ににじりよって、おねだりをして離れません。
「まあそんなことをいわないで、あれを出して下さいよ、ねえお師匠さん、ねえ」
いつまでもやめないので、お師匠さんも仕方なしに立っていって、奥の長持をあけて何やら出す様子です。やがておじいさんは、郡内の表にお納戸甲斐絹の裏をつけた客夜具を着て-それがうちかけのつもりなのです-右の手には用心棒という六尺の樫の棒を杖につき、猟にでもいく時のものでしょう、大きな竹の皮の笠を左手にもち、一生懸命細いかわいらしい声を出して、
「もうしもうし、関を通して下さんせ」
と関寺の小町姫になって現れます。裃に大小でもささせたら御奉行様くらいには見えそうな目の大きな鼻の高い、立派な顔だちの人ではありましたが、何しろ酒やけの赤ら顔で、頭は禿げ上がり、紫色の大きな厚い唇をした大入道のこと、それが半幅の袖口のついた郡内縞の大夜着を着て、精一杯かわいらしい声を振りしぼって小町娘を踊るのですから、若い娘たちは、お腹を抱えて笑わずにはいられません。座敷中、仕立物も何もそっちのけにして、笑いどよめくのを見ておじいさんは大得意、嬉しくて堪らないのでした。


この「おじいさん」は文化文政頃ののんびりとした時代に育った人で、芸事にも明るかったが、若い頃には威張り屋の上司をへこましたこともある気骨のある人物だったという。渡辺京二著『逝きし世の面影』では、上引の部分を要約し、「在りし日の日本人のこまやかな情愛を物語る好例」として紹介している。名著とされる『武家の女性』の中でも、この部分はとりわけ描写があざやかで、一読忘れ得ないほどの印象をのこす。

【典拠文献・参考文献】
山川菊栄『武家の女性』岩波文庫 1983年4月
渡辺京二『逝きし世の面影』葦書房 1998年9月

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テーマ : 歴史
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