昔の生活スタイル

昔の人は家の中にとじこもりがちで、外出というものをあまりしなかった。外に出かけるという観念が甚だ希薄であったようである。昔の生活スタイルを知る文人たちは、この点について次のように述べている。

けだし我が都人士は古来適当なる公園を有したる歴史を有せざるためと、運動歩行に不便なる衣服を着け居るためとの故にや、甚しく戸内に蟄伏(注-とじこもる)することを悦ぶ習慣ありて、他地方より都門に入る者も、居ること少時すればこの習慣を襲ひて蟄伏を悦び、あたかも竈(かまど)の傍の老猫、冬の日の蛇の如くなるは、挙動も活溌にして体躯も自ら好良な欧米人の戸外の逍遥(注-散歩)を好むに比して甚だ愧づべきことなるが、是の如き悪習慣は(中略)早晩これを改めて戸外の逍遥を好む良習慣に換へざるべからず。幸田露伴(1867-1947)『一国の首都』

昔、と云ってもついわれわれの祖母の時代の頃までは、堅儀な家の女房と云うものは殆ど一年中日の目も見ないような薄暗い部屋の奥にいて、めったに外へ出ることはなかった。京大阪あたりの旧家では、入浴さえ五日に一遍ぐらいだったと云う。そして「御隠居さん」と云われるような身分になれば、一日ぺったりと据わったきり座蒲団の上をさえ動きはしない。今から思うとそんな風にしてどうして生きていられたか不思議であるが、彼等のたべる物と云っては、ほんの僅かな、ごく淡白な、鳥の摺り餌のようなものだった。谷崎潤一郎(1886-1965)「懶堕の説」

むかしの東京・下町に住み暮らしている人びとは、よほどのことがないかぎり、自分の住む町の外へは出て行かなかった。池波正太郎(1923-1990)『東京の情景』


上の三氏はいずれも東京の出身、念頭にあるのは東京下町の生活スタイルであるが、各地の都市住民の生活スタイルもほぼ同様のものであった。よほどのことがないかぎり、自分の住む町内から外に出ない(池波正太郎)というのは、信じられないような話であるかもしれないが、多くの人にとって通勤ということがなく(=職業と住居が一体の自営業者が多い)、生活必需品のほとんどを町内で買い求めることのできた(=各町内に個人商店が数多くあり、行商も盛んにおこなわれていた)昭和30年代以前では、それが可能であった。

【典拠文献・参考文献】
幸田露伴『一国の首都』岩波文庫 1993年5月
谷崎潤一郎『陰翳礼讃』中公文庫(改版) 1995年9月
池波正太郎『東京の情景』朝日文庫 2007年11月
荒川章二『日本の歴史16 豊かさへの渇望』小学館 2009年3月

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テーマ : 歴史
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