漱石『門』-ウグイスの話

夏目漱石の小説『門』の結末部分に、主人公宗助が銭湯でウグイスの話を聞く次のような場面がある。

ある日曜の午(ひる)宗助は久し振りに、四日目の垢を流すため横町の銭湯に行ったら、五十許(ばかり)の頭を剃った男と、三十代の商人(あきんど)らしい男が、漸く春らしくなったと云って、時候の挨拶を取り換はしてゐた。若い方が、今朝始めて鶯(うぐいす)の鳴声を聞いたと話すと、坊さんの方が、私は二三日前にも一度聞いた事があると答へてゐた。
「まだ鳴きはじめだから下手だね」
「えゝ、まだ充分に舌が回りません」
宗助は家に帰って御米(およね)に此鶯の問答を繰り返して聞かせた。


明るさの漂うこのウグイスの話は実際に漱石が銭湯で耳にしたものであった。寺田寅彦に宛てた明治43年3月4日付の手紙の中で、漱石は「段々春めいてきて少しは暖かになった。昨日湯に入ったら今朝始めて鶯をきゝましたよ、まだ下手ですねと云ってゐた」と記している。朝日新聞に『門』の連載が始まったのは同年の3月1日、漱石は『門』の連載開始直後に銭湯で聞いたウグイスの話を小説の結末部分で活かしたのであった。『門』はこのウグイスの話の後で主人公がさびしい一言をもらし、明るさを打ち消すかのようにして終わる。

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【典拠文献・参考文献】
『漱石全集』第6巻 岩波書店 1994年5月
『漱石全集』第23巻 岩波書店 1996年9月
柴田宵曲『漱石覚え書』中公文庫 2009年9月

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テーマ : 雑記
ジャンル : 学問・文化・芸術

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