子規の小説『曼珠沙華』にみえる松山弁

子規、明治30年執筆の小説『曼珠沙華』は松山を舞台とするもので、登場人物の会話には当時の松山弁が使われている。以下、同小説の会話部分から松山弁の特色が顕著にあらわれている個所を抜き出してみよう(引用に際しては新たに鍵括弧を付した)。

「お民さん。もうお神輿さんがこゝへ来るぞな、いんま向ふの一本松の処を舁(か)いて居ったけん。」
「お神輿さんが来るなら初坊に見せてやろ。もうまア起きて泣きよるかも知れん。そしたら、お久さん。おたよさんも栄さんに見せてお上げなゝ。」


「もう去(い)のや、たあさん、巡査が来たがな。叱られん内に去のや。」
「巡査が何ぞや。悪いことせにゃ、叱られるもんか。」
「それでも此間叱られつろがな。」
「ありゃ人の内の前に坐ってをったけれよ。土手の上に坐っとったてゝ怒られる気遣は無い。」
「去なうや」


「まだ早いけん、去(い)にしなに初茸(はつたけ)探して見よか。此頃の雨で大分出たに違ひない。」
「みいさん。どうぞしたのかな。」
「どうもせんがな、少(ち)と腹がさしこんで来た。直(じき)後から行くけれ、先へ去(い)によっておくれな。」
「去(い)んでも善(え)えかな。直戻(じきも)んておいでな。」


「善さん。そんなら貴方(あんた)嘘を言ふたんぢゃな。」
「さう言ふ訳ぢゃないが、此間から忙しうて堪らんもんぢゃけれ、つい忘れてしまふた。」
「忘れる、忘れるてゝ、あれ程言ふて置いたのを、何ぼ忙しいてゝ、忘れるといふがあるものかな。それを忘れるやうなら……」
「マアあんまり高い声をおしなゝ、外聞が悪い。」


『曼珠沙華』は差別問題を背景にした悲恋小説。作中に出る曼珠沙華の花は、社会の最下層におかれた人々の象徴である。この小説は子規の社会意識をうかがう上で重要な意味をもっているが、当時の松山弁が記されているという点でも史料的な意義を有している。

【典拠文献・参考文献】
『子規全集』第13巻(小説 紀行)講談社 1976年9月
和田茂樹編『子規と周辺の人々』(増補版)愛媛文化双書刊行会 1993年9月

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テーマ : 歴史
ジャンル : 学問・文化・芸術

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