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ルイス・フロイス『日欧文化比較』(3)

ルイス・フロイス(1532-1597)『日欧文化比較』の記述。

ヨーロッパでは夫が前、妻が後になって歩く。日本では夫が後、妻が前を歩く。(第2章・29)
ヨーロッパでは財産は夫婦の間で共有である。日本では各人が自分の分を所有している。時には妻が夫に高利で貸付ける。(同・30)
ヨーロッパでは、妻を離別することは、罪悪である上に、最大の不名誉である。日本では意のままに幾人でも離別する。妻はそのことによって、名誉も失わないし、また結婚もできる。(同・31)
(ヨーロッパでは)汚れた天性に従って、夫が妻を離別するのが普通である。日本では、しばしば妻が夫を離別する。(同・32)
ヨーロッパでは娘や処女を閉じ込めておくことはきわめて大事なことで、厳格におこなわれる。日本では娘たちは両親にことわりもしないで一日でも幾日でも、ひとりで好きな所へ出かける。(同・34)
ヨーロッパでは妻は夫の許可が無くては、家から外へ出ない。日本の女性は夫に知らせず、好きな所に行く自由をもっている。(同・35)
ヨーロッパでは女性が葡萄酒を飲むことは礼を失するものと考えられている。日本ではそれはごく普通のことで、祭の時にはしばしば酔払うまで飲む。(同・54)


日本の女性は親や夫に断りなしに外出する。中世史家の網野善彦は、古くから女性だけの旅もあったとして次のように述べている。「熊野詣に女性だけで旅をすることもあったことがわかっていますし、江戸時代でも〈おかげまいり〉のような形で女性が旅をしていますけれども、その源流は中世まで遡ります。(中略)恐らくは物詣が多いでしょうが、物詣だけでなく、旅はそれ自体日常と違う特別の世界なので安全も保たれる。つまり、物詣をしている女性には、たやすく手をかけることは許されないという社会的な慣習があったので、女性だけの旅も可能だったのだと思うんです」。

われわれの間では普通鞭で打って息子を懲罰する。日本ではそういうことは滅多におこなわれない。ただ[言葉?]によって譴責するだけである。(第3章・7)
ヨーロッパの子供は青年になってもなお口上(レカード)ひとつ伝えることができない。日本の子供は十歳でも、それを伝える判断と思慮において、五十歳にも見られる。(同・11)
われわれの間では二十歳の男子でも、ほとんど剣(エスパーダ)を帯びることはない。日本の子供は十二、三歳で刀と脇差を帯びて歩く。(同・12)
われわれの子供はその立居振舞に落着きがなく優雅を重んじない。日本の子供はその点非常に完全で、全く賞賛に値する。(同・13)
われわれの子供は大抵公開の演劇や演技の中でははにかむ。日本の子供は恥ずかしがらず、のびのびしていて、愛嬌がある。そして演ずるところは実に堂々としている。(同・14)
ヨーロッパの子供は多大の寵愛と温情、美食と美衣によって養育される。日本の子供は半裸で、ほとんど何らの寵愛も快楽もなく育てられる。(同・15)


ここで述べられているのは武士階級の子どもと思われる。[幕末~明治初期に来日した外国人は日本が「子どもの天国」であると述べている。当ブログ2009年11月29日記事参照。]

【典拠文献・参考文献】
ルイス・フロイス著 岡田章雄訳注『ヨーロッパ文化と日本文化』岩波文庫 1991年6月
網野善彦・森浩一『馬・船・常民 東西交流の日本列島史』河合出版 1992年5月

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テーマ : 歴史
ジャンル : 学問・文化・芸術

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