三津の渡し(2)

1978年刊行の佐々木忍著『松山有情』によると、「三津の渡し」があるところは、大正の末期ごろまで干潮時には歩いて渡ることができたのだそうである。同書に載せる港山の古老の話、「干潮のときは歩いて渡っていましたが、それでも、まん中あたりは水が流れておりまして、伝馬船を縦に置いて橋がわりにしておりましたなあ。渡し賃は片道が一銭でした。朝の四時ごろになると高浜や梅津寺あたりから魚市場に行くオタタさんが行列になって、潮のひいた砂浜を渡っておった風景が今も目に浮かびます」。「オタタさん」というのは魚売りをする行商の女性である。

同書はまた当時の渡し船の船長さんの話も載せている。「エンジン船になってからは、体は楽になったが一日中だまって仕事をしているんもしんどいぞな。エンジン船の音が高いので話が聞こえんのよ。櫓の時代は静かだったから、面白い話がはずんだなあー。一日中、同じことをしていると、客から話しかけてくれるんが楽しみでなあ。船長じゃの、兄さんじゃの、おじさんじゃの言うてなあ。利用する人も、夏休みになると、見知らん人も乗るけんど、たいていは知っとる人ぎりよ。もうなあ、どこへ勤めていることまでわからいな」。渡し船が手漕ぎ船からエンジン船にかわったのは昭和45年(1970)である。

1960年発行の『三津浜誌稿』によると、昭和初年には「三津の渡し」に橋を敷設する計画もあったようである。同書は次のように記している。「昭和初年鉄道を朝日橋から導入し三津浜町の市街地を貫通し、三津浜港に臨み港から朝市をへて、此の渡場に至り閉開橋なるものを架し、古深里から梅津寺高浜に至る路線も計画されたという」。

「三津の渡し」は市営で年中無休(運航時間7時~19時)、無料。船が対岸にとまっている場合でも、発着場のブザーを押せばすぐに迎えに来てくれる。自転車をのせることも可。近年はテレビ番組などでしばしば「三津の渡し」が紹介されている。1998年の映画《がんばっていきまっしょい》のロケ地ともなった。

【典拠文献・参考文献】
三津浜郷土史研究会編『三津浜誌稿』1960年12月
佐々木忍『松山有情』愛媛県教科図書株式会社 1978年5月

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三津の渡しは自転車も乗船可。


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テーマ : 歴史
ジャンル : 学問・文化・芸術

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