明治28年3月16日の子規

明治28年(1895)3月16日、子規従軍の送別会(松風会主催)が明治楼(三番町)の広間で開催された。出席者は下村為山、村上霽月、柳原極堂、武市蟠松、白石南竹、釈一宿、中村愛松、岩崎風雨、野間叟柳ら15名。席上、新派俳句の作風を尋ねられた子規は室内を見わたして、「僧や俗や梅活けて発句十五人」と口吟し、「まずこんなふうに実感を十七文字であらわすのです」と答えた。「僧や」は正宗寺住職の一宿、「梅活けて」は床の間の大花瓶に活けてあった紅梅を詠んだものである。余興の席では、下村為山が次々と描いていくところの即席画に、子規が早業で賛句をつけていくという絵と句の技くらべがおこなわれたりなどして、一同は大いに興じた。この送別会が開かれた明治楼があったのは、今のみずほ銀行松山支店の北側付近、この界隈は明治後半から昭和の戦前頃まで料亭街であった。

【参考文献】
柳原極堂『友人子規』前田出版社 1943年2月
『子規全集』第22巻(年譜 資料) 講談社 1978年10月
「移ろひゆく料亭街」(「松山百点」199号 1998年)

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テーマ : 歴史
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