明治28年3月14日の子規

明治28年(1895)3月14日、正岡子規は航路宇品(広島の港)を発し、その夜三津浜に着いた。明治25年の夏以来の3年ぶりの帰省、このたびは日清戦争に従軍する途上での一時帰省である。子規の『陣中日記』には、「十四日宇品を発して夜三津浜に上る。十五日郷里松山に行き家君の墓に謁づ」とあるから、14日の夜は三津浜に宿泊したのであろう。日記に「家君の墓」とあるのは父の墓。子規の父常尚の墓は末広町の法龍寺(現・柳井町3丁目)にあった。

【典拠文献・参考文献】
『子規全集』第12巻(随筆2) 講談社 1975年10月
『子規全集』第22巻(年譜 資料) 講談社 1978年10月

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テーマ : 歴史
ジャンル : 学問・文化・芸術

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