熟田津の歌は宴席の儀礼歌

『万葉集』の熟田津の歌(巻1の8)は、船団の出航をうたったものではなく、聖水を求めておこなう舟遊び神事をうたったものであるとする説(折口信夫・池田彌三郎ら)もあるが、賛同者は少ない。一般にイメージされているのは、まさに出航というその時、歌の作者である額田王が船上でこれを大きく朗唱し、軍気を鼓舞したというものではなかろうか。額田王は「御言(みこと)持ち歌人」(天皇の意を体しその立場で歌を詠む人)で、この時の彼女の朗唱を人々は「天皇の声と聞いたであろう」と想像をめぐらしている学者もいる。昨日のブログ記事で言及した梶川信行の近著『額田王』では、こうしたイメージはドラマチックに過ぎるとして、額田王がこの歌をうたったのは、石湯行宮(いわゆのかりみや。斉明天皇ら宮廷集団の伊予での滞在先。久米官衙跡か)での宴の席ではなかったかと推測している。石湯行宮で一行の士気を鼓舞するための宴が開かれた時、額田王が披露した儀礼歌、それがこの熟田津の歌であったというのである。この説に従うと、熟田津の歌は、理想的な船出、この上ない出航という状況を言葉を尽くしてうたいあげた言挙(ことあ)げの歌ということになる。熟田津の歌の勇壮なイメージがいくぶん崩れるが、真相は梶川説のごとくであったかもしれない。

【参考文献】
伊藤博『萬葉集釈注(一)』集英社文庫ヘリテージシリーズ 2005年9月
梶川信行『額田王-熟田津に船乗りせむと-』ミネルヴァ書房 2009年11月

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テーマ : 歴史
ジャンル : 学問・文化・芸術

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