潮見山

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松山市谷町・吉藤5丁目の潮見山(標高125m)。

古(いにしえ)、地大いに震う。海潮溢れて丘に上る。邑人これをこの山頂に避け、潮の形勢を見る。故に潮見山と名づくと曰う。(『新編温泉郡誌』第二十章「潮見村」)


中世、この山の頂上には城郭があった。当初は河野氏の家臣久枝弥太郎資方の居城。貞治(1362-68)の頃、久枝四郎左衛門興利・久枝掃部元阿らがこの城に拠って河野氏に反抗したが、討伐された。永禄(1558-70)の頃には大内伊賀守信泰、天正(1573-92)の頃には大内石見守通信がこの城にいたという。

【参考文献】
松田卯太郎編『新編温泉郡誌』松山石版印刷所1916年3月
大石慎三郎監修『日本歴史地理大系39愛媛県の地名』平凡社1980年11月

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テーマ : 日記
ジャンル : 学問・文化・芸術

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