松山収容所、各収容施設の所在地(続)

前回のつづき)

明治38年(1905)以降、収容所として追加されたのは、山越の8ヶ寺と松山市伝染病院。山越の8ヶ寺は長建寺、弘願寺、不退寺、法華寺、来迎寺、浄福寺、龍穏寺、天徳寺。前の4ヶ寺が山越第一収容所、後の4ヶ寺が山越第二収容所とされた。所在地は8ヶ寺とも御幸1丁目。

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長建寺(単立寺院)。

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弘願寺(浄土宗)。

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不退寺(浄土宗)。

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法華寺(日蓮宗)。

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来迎寺(浄土宗)。

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浄福寺(浄土宗)。

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龍穏寺(単立寺院)。

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天徳寺(臨済宗妙心寺派)。

松山市伝染病院は藤原町にあったという。建設されたばかりでまだ患者がいなかったので、捕虜収容所として使われたらしい。

日露戦争当時の松山収容所の施設は以上の20余箇所、将校クラスの中には市内での民家居住を許されたものもあったという。

【参考文献】
愛媛県史編纂委員会『愛媛県史 近代上』1986年3月
松山市史編纂委員会『松山市史 第三巻』1995年5月

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テーマ : 歴史
ジャンル : 学問・文化・芸術

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