明治28年4月9日、新任教師漱石、松山に到着

明治28年(1895)4月9日-120年前の今日にあたるこの日、夏目漱石が中学の新任教師として松山に到着,、三番町の「きどや旅館(城戸屋旅館)」に泊まり、友人の狩野亨吉に到着をしらせる手紙を書いた。

拝呈 迂生去る七日発今九日午後二時頃当市へ著仕候 右安著の御報まで 余は後便にて申上候 猶御用の御節は中学校宛にて郵書御差出(さしだし)被下度(くだされたく)願上(ねがいあげ)候
四月九日


漱石が勤務するのは愛媛県尋常中学校、通称松山中学。親友の正岡子規がかつて生徒として在籍(明治13年3月入学、16年6月退学)していた学校である。漱石の担当は英語、月俸80円という破格の待遇で、翌年4月まで同校に勤務する(明治29年4月9日離任、同11日新任地の熊本に出発)。

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「漱石ゆかりの松山中学校跡」碑(松山市一番町4丁目)。
愛媛県庁の向かい側、今のNTT西日本愛媛支店の所在地に松山中学があった。

【参考文献】
『漱石全集 第二十二巻 書簡上』岩波書店1996年3月

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テーマ : 歴史上の人物
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