三津の魚市(3)

三津の魚市場は近代以降、以下のように変遷している。

明治21年(1888)2月の総会で敷石の市場の建設が議決。同年、割石を敷き詰めた円形の市場が完成(直径18間・面積254.6坪)。
明治23年(1890)9月の総会で屋根の設置が議決。同月着工し、11月回廊状の丸屋根が完成(『松山市史』『松山市史料集』の「年表」がこの屋根の完成を21年11月としているのは誤りであろう)。
昭和29年(1954)6月、老朽化で崩壊の恐れがあるためこの市場を解体。
昭和30年(1955)9月、L字型コンクリート建築の市場が完成。
昭和56年(1981)9月7日、三津埠頭の現在の水産市場へ移転し開場式(同月16日営業開始)。

明治建設の丸屋根の市場(→外部サイト)は他に余り例がなく、三津のシンボルとして親しまれた。昭和40年頃、松山市は魚市場を久万ノ台に移転する計画を立てたが、反対の声が強く、三津埠頭の現在地への移転となった。

丸屋根であった当時の魚市場を描いた絵画作品に松浦巌暉(三津浜出身)の「愛媛県三津魚市之賽況図」(縦1.2m、横1.8m)がある。落款に「応需 丁未秋 七十翁巌暉」とあるから、明治40年(1907)丁未歳の作品。三津浜港フェリーターミナルにその拡大写真が展示されている。

昨年11月刊・水口泰司『昭和53年 松山・三津浜で出会った風景と人たち』(西村信天堂)には昭和53年(1978)に撮影された魚市場の写真が多数掲載されている(同書88頁~107頁)。

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三津埠頭の現在の水産市場。

【参考文献】
『三津浜郷土教育資料』(刊行年不明)
松本常太郎『三津乃朝市物語』三津浜町1940年7月
愛媛県史編纂委員会『愛媛県史 社会経済二 農林水産』1985年3月
松山市史料集編纂委員会『松山市史料集 第十二巻』1985年4月
松山市史料集編纂委員会『松山市史料集 第十三巻』1988年4月
松山市史編集委員会『松山市史 第五巻』松山市役所1995年5月

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テーマ : 歴史
ジャンル : 学問・文化・芸術

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