松山城の土塁に盗賊

藩主松平定行(1587-1668)の時代、松山城の三之丸の土塁には竹が生い茂っていて、盗賊の隠れ場所にもなっていたという。

古老の咄に、松山城のありさまを聞くに、御入国(注-松平定行の松山入部)の節は(中略)御堀の土手も小竹生い茂りたりしが、六、七年の内においおい竹も大きくなり、繁茂しけるが、その節とても盗賊の隠れ場なれば、御治世には大いなる害なりという人多かりし。(『垂憲録拾遺』)


城の土塁に竹を植える例は多くあったらしい。松山城の土塁の竹は享保年間(1716-1736)に松に植え替えられたという。

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松山城・三之丸の土塁。

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土塁の上。

【参考文献】
伊予史談会編集発行『垂憲録・垂憲録拾遺』1986年1月

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テーマ : 歴史
ジャンル : 学問・文化・芸術

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