松平定行・定政の霊廟

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松山市祝谷東町の常信寺(天台宗)。松山藩松平家初代藩主定行(1587-1668)が松山城の鬼門鎮護のために建てたといわれる。松平家の菩提寺四箇寺の一つ(他は大林寺・法龍寺・法華寺)。

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この寺の境内にある松平定行の霊廟(墓所)。江戸初期の霊廟建築の代表例の一つといわれる。県指定史跡。

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定行の霊廟の隣りにある松平定政(1610-1673)の霊廟。県指定史跡。定政は定行の実弟。三河刈谷2万石の藩主であったが、幕府に困窮旗本の救済を訴えて上野寛永寺で落飾、領地返上を願い出た。幕府はこれを狂気のなすところとして領地を没収、定行に預けて謹慎を命じた。以後、定政はこの兄の庇護のもと松山東野の吟松庵で和歌・華道に親しむ生活をおくり、63歳で没した。

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テーマ : 歴史
ジャンル : 学問・文化・芸術

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