松山城「尾谷門」跡・「中門」跡

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松山城の「尾谷門」跡。「尾谷門」は「黒門口登城道」の「黒門」「栂門」「槻門」につづく4番目の門であった。本丸本壇入口の「一ノ門」とほぼ同規模の門であったという。この「尾谷門」の先の平地には番所、土蔵、作業小屋などがたちならんでいた。

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「尾谷門」につづく第5の門が「中門」(別名・塩見門)。藩政時代の石畳がそのまま残っている上の画像の辺りにこの「中門」があった。「中門」は「尾谷門」よりやや小ぶりの門であったという。

「黒門口登城道」の入口からこの「中門」跡までは300mほどだが、その間に5棟もの門があった。この道は藩政時代、山頂本丸への正規の登り道であっただけに厳重な構えとなっていた。

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テーマ : 歴史
ジャンル : 学問・文化・芸術

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