松山城内に天神を祀った松平家

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松山城の天神櫓。その名の通り天神(菅原道真)が祀られている。

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天守(左)・天神櫓(右)。

松山藩松平家は天神を尊崇すること篤く、天守の内部でもこれを祀っていた。

(元禄4年・1691)七月廿日、江戸亀井戸天神別当を以て、宰府天神の像を模せしめらる。九月廿三日、松山城天守へ安置し給う。(『松山叢談』第五上)

ある日世子(注-藩主継承者の松平定昭)は二の丸から本丸へかけての様々の武器の検査をされた。その際天守閣に登られて、私もお供して初めてこの天守閣の眺望をしたのである。最上層には遠祖の菅原道真即ち天満宮が祀ってある。(『鳴雪自叙伝』九)


松山藩松平家は本姓久松。久松家は菅原道真の後裔といわれる。『久松家譜』によると、道真が筑紫に遷流されたとき、その孫の雅規(幼名久松麿)も尾張阿古居に流され、同地で久松殿と称された。その子孫菅原通定の代に軍功で阿古居の地を与えられ、久松と改姓したという。

久松氏は徳川将軍家より松平姓を許され、定行のときに松山に入部した。天神崇敬の念が代々篤かったのは、道真の後裔という上記のような家伝があったためであった。

【参考文献】
久松氏蔵版『松山叢談』第五上 1889年
松山市史料集編集委員会『松山市史料集 第二巻』松山市役所 1987年4月
内藤鳴雪『鳴雪自叙伝』岩波文庫 2002年7月

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テーマ : 歴史
ジャンル : 学問・文化・芸術

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