山口県周防大島

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周防大島東端の伊保田(いほた)港。周防大島松山フェリーの「しらきさん」が寄港する(三津浜港から約70分)。伊保田という地名は、海を隔てて伊予と接しているため伊予田と言っていたのが転訛したものであるともいう。

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国道437号(松山市~山口県岩国市)。三津浜港から伊保田港まではこの国道の海上区間。周防大島松山フェリーの航路が国道という扱いになっている。

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伊保田正八幡宮。

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島内には「雨振(あまふり)」「油宇(ゆう)」という地名。「雨振」の「あま」は海士、「ふり」は朝鮮語のプーリ(集落)に由来するという(宮本常一の説)。「油宇」はこの集落の面する海が凪のとき油を流したように平面になるためであるという。

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昭和51年(1976)に大島大橋が開通して山陽側と陸続きになるまで、この島の旧・東和町(島の東南部)の人々の暮らしにかかわる往来は、対岸の三津浜がもっぱらの相手先であったという。古くは若い女性たちが行儀見習いを兼ねて就職するのも、三津の大きな商家であったといわれる。

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能書家として知られた明月上人(松山湊町の円光寺住職 1727-1797)はこの島の出身、民俗学者の宮本常一(1907-1981)や歴史学者の奈良本辰也(1913-2001)もこの島の出身である。


【参考文献】
『角川日本地名大辞典35 山口県』角川書店 1988年12月
『日本歴史地名大系 第36巻 山口県の地名』平凡社 1980年8月
『宮本常一著作集40 周防大島民俗誌』未来社 1997年2月
松山市教育委員会編『松山の民俗』 2000年3月

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テーマ : 日記
ジャンル : 学問・文化・芸術

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