正岡子規「木造上人ノ写真一枚アゲル」

明治34年(1901)1月11日付、柳原極堂宛ての子規の葉書。以下その全文。

写真有難ウ 故郷ノ光景ツクヅク見テ居ルトコマカナ処ニ面白ミガ何ボデモアル 代リニ木造上人ノ写真一枚アゲル


極堂はこれより先、子規に郷里の写真数葉(松山城・道後温泉・石手川堤防・祝谷村・大宝寺姥桜……)を送っていた。上の葉書はそれに対する礼状である。子規が返礼に送った「木造上人ノ写真」というのは、前年12月24日撮影の自身の肖像写真、子規のあの横顔写真である(→過去記事参照)。

s0150r.jpg

極堂のもとにこの写真が別便で届けられた。誰の写真であるか極堂は最初わからなかったという。

封を破って写真を取り出してみると、骨と皮になって憔悴してしまって、しかし眼光は炯々四辺を射て、眉間には芋虫大の青筋を立てている五分刈り頭の大の男が帯から上を半身写したるおのが転がり出た。はて何だろう……木造上人て何だと少時は合点がつかなんだ。何ぞ図らん、これが子規君の写真であったと気づいたときは、覚えず写真を蔽うてその上に打伏し、しばらく顔をえあげなんだ位のことで多年の困臥に相貌は全く異り、ほとんど別人の観があって容易に君と想い出せるわけのものでない。(柳原極堂「正岡子規君」明治35年10月15日)


横顔写真の子規は「ほとんど別人の観」。われわれになじみのある子規のあの肖像は、子規を知る極堂のような人からすれば、ほとんど別人の容貌だったのである。

【参考文献】
柳原極堂『友人子規』前田出版社 1943年2月
『子規全集 第十九巻 書簡二』講談社 1978年1月
『子規全集 別巻二 回想の子規一』講談社 1975年9月

にほんブログ村 地域生活(街) 四国ブログ 愛媛県情報へ
にほんブログ村
にほんブログ村 地域生活(街) 四国ブログ 松山情報へ
にほんブログ村

テーマ : 歴史上の人物
ジャンル : 学問・文化・芸術

最新記事
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
QRコード
QRコード