明治29年1月3日、子規庵での新年句会

明治29年(1896)1月3日-この日、東京根岸の子規の家では、新年の句会が開かれた。参会者は正岡子規(催主)、内藤鳴雪、森鴎外、夏目漱石、五百木飄亭、河東可全、河東碧梧桐、高浜虚子。鴎外は途中からの出席であった。子規も漱石も世間的にはまだ無名であったとはいえ(鴎外はすでに『舞姫』『うたかたの記』『文づかひ』などを発表)、後世の目から見れば実に豪華な顔ぶれ。稀有な句会であったといえよう。この会で詠まれた句の一部を記しておこう。

元日の人通りとはなりにけり 子規
榾の火は消えけり歳は明けにけり 鳴雪
おもひきって出て立つ門の霰哉 鴎外
半鐘と並んで高き冬木哉 漱石
売れ残るあんかう寒し魚の棚 飄亭
恐ろしき雲の峰立つ野末哉 可全
うつむいて物申したる寒さ哉 碧梧桐
赤い実の枯れて貧しき小庭哉 虚子


子規と鴎外のつながりは意外であるかもしれないが、この二人は前年5月、日清戦争の従軍先(金州)で出会っていた。過去記事でこのことにふれているので、参照していただきたい(→2009年11月27日記事)。

【参考文献】
『子規全集 第十五巻 俳句会稿』講談社 1977年7月

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テーマ : 歴史
ジャンル : 学問・文化・芸術

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