堀江にあった城「葛籠屑城」

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松山市堀江町の海岸にある要害山。中世、この山には葛籠屑(つづらくず)城があった。

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築城年代不明。応安元年(1368)、九州へ逃れていた河野通直(通堯)が伊予に帰還、伊予奪還を目指し、今岡通任に命じて葛籠屑城と花見山城を攻め落とさせたという。戦国末期、因島村上氏の一族・村上吉高が城主となったが、天正8年(1580)頃、河野氏の兵が来襲して落城、吉高は自刃した。その後、河野氏の家臣の乗松氏が城代としてここを守ったが、同13年、河野氏の伊予退去にともない廃城。堀切(空堀)や石垣の一部が残存している。

【参考文献】
『日本城郭大系16 大分・宮崎・愛媛』新人物往来社 1980年3月

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テーマ : 歴史
ジャンル : 学問・文化・芸術

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