堀江港「仁堀航路跡」碑

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江戸時代には松山藩の貢米積み出し港であった堀江港。

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昭和の時代は「仁堀航路」(呉市仁方港行き)、近年までは「呉・松山フェリー」(呉市阿賀港行き)の港であった。

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今は係留施設と「ほりえ海の駅 うみてらす」という休憩所があるのみ。

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堀江港にある「仁堀航路跡」碑。「国鉄本社船舶部 次長 治多次郎書」の添書きがある。

「仁堀航路」は呉線仁方駅と予讃線堀江駅をつなぐ当時の国鉄の連絡航路であった。戦後まもない昭和21年(1946)5月、宇高航路(宇野~高松)の補助航路として開設。当初は利用客も多かったが、逐次減少、赤字を理由に昭和57年(1982)、廃止された。

【参考文献】
愛媛県史編纂委員会編『愛媛県史 社会経済3 商工』1986年3月

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テーマ : 歴史
ジャンル : 学問・文化・芸術

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