子規、故郷人(ふるさとびと)と酌みかわした日

子規の『獺祭書屋日記』明治25年(1892)12月29日条に

飄亭古白来、到魚十松山会、秋山真之来一宿草庵。


という記述。これによると、同日、子規は五百木飄亭、藤野古白とともに料亭「魚十」での「松山会」(東京在住の松山出身者親睦会)に出席。「松山会」には秋山真之も出席していたのであろう。秋山はその晩、子規の家に来て一泊した。同郷の友人との楽しい語らい。子規はこの日記の同日条に

行年(ゆくとし)を故郷人(ふるさとびと)と酌みかはす


という句を添えている。

翌日の子規の日記には

與秋山詣清水則遠墓。


という記述。この日、子規は秋山とともに清水則遠(のりとお)の墓に詣でた。清水則遠は子規の幼なじみ。学生時代、子規と下宿先を同じくしていたが、明治19年4月14日、脚気衝心のためその下宿で急死した。子規はこのときショックで放心状態となり、秋山真之に「しっかりおしや」と一喝されている。過去記事でこのときのことにふれているので、参照していただきたい(→ブログ過去記事)。

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正岡子規(左)・秋山真之(右)

【参考文献】
『子規全集 第十四巻 評論 日記』講談社 1976年1月

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テーマ : 歴史上の人物
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