正岡子規、蒟蒻(こんにゃく)湿布の句

明治28年(1895)11月7日-この日、松山西垣生の村上霽月が東京根岸の子規宅を訪問。霽月によると、このとき子規は蒟蒻(こんにゃく)で腰部を温めていたという。

この年十一月のはじめ僕が上京して君(引用者注-子規のこと)を根岸に訪ねたときは君が松山をたって京都・奈良に遊んで帰京せられて間もなくであった。このとき君は腰部に痛みを生じたといって、蒟蒻で温めて居られた。(村上霽月「子規君に関する記憶」)


蒟蒻を茹でて患部にあてる「蒟蒻湿布」といわれるものを子規はしていた。前月下旬以来つづく腰の痛み(→過去記事参照)をそれで緩和しようとしていたのであろう。のちにその痛みは致命的な脊椎カリエスによるものであることが判明する……。

しぐるゝや蒟蒻冷えて臍の上


子規、明治29年冬の句。この句にはその「蒟蒻湿布」が詠まれている。

【参考文献】
『子規全集』第2巻(俳句2)講談社 1975年6月
『子規全集』第22巻(年譜 資料)講談社 1978年10月
『子規全集』別巻2(回想の子規1)講談社 1975年9月

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テーマ : 歴史上の人物
ジャンル : 学問・文化・芸術

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